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日別アーカイブ: 2026年6月26日

永遠が 真ん中で 聖なる山桃の木にならなくてはならない

故郷の鈴森の社の山桃の木の下に立てばなつかしきかな
(柳田国男)

平成27年から丁度10回高所作業車で剪定した樹です。この2年はお客様が実が落ちるのを嫌がったり、通路を歩くときに傘に当たったりするので、手のひらサイズの剪定鋏で3日くらいかけて少しずつ小さくするために間引いていました。
シンボル的な樹でしたから、極力見た目を損なわない様に樹形を乱さない様に注意して切っていました。

山桃の原産地は日本で、万葉の時代では「桃」と言ったら現在の「山桃」を指していたとか。。。

宮崎県工業団地にあるテクノリサーチパークに、ヤマモモがあります。
水神様として祀られています。元々同地の山にあり、神木のような存在だったそうで、テクノリサーチパークを作る時に移植して現在も根を降ろしているそうです。

植木職人と言えるような技術も知識もありませんが、木の剪定を今の私の人生から取り去られたら生きていけない位、大事な一部になっています。

実は、2020年2月20日にも「ヤマモモの話」をしています。思い入れのある樹です。
となりのトトロの世界ではありませんが、現在ここに文を書いている瞬間の私はテクノリサーチパークのヤマモモに会いたくて泣きたいくらいです。ただこれぐらいのことで泣いているようでは、会社は支えられません。

わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です。
わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。
(略)
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。
(略)
世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを知っておきなさい。
(略)
あなたがたも証しします。初めからわたしと一緒にいたからです。

(ヨハネ15)

私の場合は、実を結ぶところを切っておりましたが、、、

すみません、要領を得ない文章になっておりますが、私自身は悼む気持ちを向ける先を私が剪定を頑張っていけた、愛することができたこの10年間の感謝の気持ちを残したかったので、ここに記します。

柳田国男に、聖書と、怒られそうですが、、、
ちなみにタイトルは2021年7月4日「真ん中に」で引用した町田純氏の作品をもじったものです。

星新一賞でAIに書かれた作品が賞をとるような事態、審査員への影響とそれらの件がまるごとSFのような話がありましたが、いろいろと世界の向かっている終着点が、、、個体としての生物としての死と同じく、見つめていく必要があるような気もします。

今年のお盆くらいまでに、油の分子的なお話を書きたいとも思っています。