オフィシャルブログ

月別アーカイブ: 2025年10月

ほんとうにリサイクルできているか

結局、排出者側にとっては「高くで売れるに越したことはない」のが強いインセンティブになるというのは、実感しております。

買取者側にとっては「高くで買うためにはどうするか」が問題であり、色んなリスクを背負う必要があります。その点では、弊社はリスクを避けております。その代わり、市況が悪くなり始めたときには早めに情報提供をするようにしております。いきなり明日から回収しないなんてことはやったことありません。逆に、明日から来ないでくれと言われたことはあります(高くで買うところに出す)。
最近、ちらほら不払い問題や急な引取停止問題をお聞きします。

海外への輸出が厳しくなっており、それが反映されているといっていいでしょう。

 

 

個人的には今後大量排出者は自社で循環させるようになると思います。物性等を一番理解しているのは製造者側であり、品質の確保も達成できるでしょう。
少量排出品(者)はどうしようもなくなるのではないかと思います。コストに見合わない上、品質も確保できない。グレードの混ざり合った樹脂で何が作れるかは、品質を大事にしている製造者側(排出者側)が一番わかっている(分からない)のではないでしょうか?

オレフィン系は比較的扱いやすいでしょうから、オレフィン系のリサイクルについては製造の段階から各化学メーカーが奮闘している情報が定期的に飛んできます。炭化水素の鎖に色々と付いたものは、更に他のものもくっ付きやすいこともあったり、構造がほぐれにくかったりしますから、分子レベルからのリサイクルは難しいのではないでしょうか?

正直、弊社も少しでもリサイクルフローに乗せようと、頭や手に物性を覚え、見えない分子構造を解読しようとして参りましたが、在り方を変えていく必要があるとは思っております。そうでなければ、弊社自体も消えていくことになるでしょう。正直既に樹脂の有価買取だけを考えると、従業員ひとりフルタイムで雇えないくらいの利益しか出せておりません。実際、多くの樹脂買取専門業者のフルタイム従事者は一人しかいないように思います。

 

私たちの周囲の物質は刻々と変化しつつあった、あるいは、いろんな分子が混乱状態から混乱状態へ、そしてまた別の混乱状態へと移行しつつあったと言ってもよい、言葉をかえれば、実際には相変わらず同じ状態にとどまっていたということである。唯一の真の変化とは分子がなんらかの秩序にきちんと配列されることなのであり、そしてそれこそヴグと私がいろんな物質の混合物の中をあてどなく歩きながら求めていたものなのである。

(略)

私たちはどうして理解しあえよう? 私にとっては同質のものが不可分に増大していき、平静に達することのみが価値あるのであり、彼女にとっては分離と混合、そのどちらか一方、あるいはそのどちらでもあるものが価値あるのであった。

(略)

いまだに世界に形状を与えている、しかしそれはかつてそうなり得たかも知れず、そしてもう二度とそうはなり得ぬ世界の姿の幻影でしかないのだ。

「結晶」『柔かい月』イタロ・カルヴィーノ/脇功訳

 

機械学習の基本は、入力値から返ってきた出力値を振り分ける学習値があって、それと正解値と学習値のギャップを最小に埋めることだと理解しています。統計の基本と同じです。統計値が誤差を最小に埋めることです。
ここだけならAGIは出てこないのでしょうが、、、(あまり知ったかぶりするのはやめておきます)
良い意味で狂信的に研究できる人は尊敬できます。私はどんどん足取りが重くなって不安に押しつぶされてしまうので、まっすぐ真摯に向き合えるのが信じられません。

最近の愛読書は岡野原大輔氏の著作物と甘利俊一氏の著作物だと言いたいですが、、、美観(数理的面白さや哲学)は両者違うような気がしつつ理論説明の構成に面白さを感じております。。。

 

AIは新しい発見をしたが、でも何を理解したのだろうか.

AIは人間の認識能力、理解能力を超え、人間不要で科学技術を推進する世界を築くのだろうか.(略)技術的特異点などあり得ない.人間は好奇心、探求心、向上心を持つ.人と協力し、知識を共有する喜びがある.これは心の働きで、永年の進化の過程で結果として生じたものである.この心が我々を支配し、意識を生み、人間社会と文明を築いた.

甘利俊一『深層学習と統計神経力学』

 

本当に甘利先生はかっこいいですね。本著は個人的には私の知りたい知識の積み上げ方で書いていただいている(対話しているかの)ようで、全然読み切ってない(読み切るか分からない)けれど奮えながら読んでおります。
こうした著作物を読む暇があるならば、生成AIの活用術でも考えろと思われそうですが、、、

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

物語が存在しない時代

何の意味もない独り言です。

物語が存在しない時代、つまりそれは日本近代文学の終焉ということだが、中上健次以降、そのことが露わになったのだ。

(中略)

言うべきことや語るべきことがなくただ手法だけがある時代

(中略)

言うべきことや語るべきことを持っているのは基本的に政治家だとわたしは思う。作家やその他の表現者は言うべきことや語るべきことがあって作品を作るわけではない。

(中略)
中上健次はキューバを知ることなく死んだ。

キューバの音楽とダンスは、(中略) わたし自身の中でベルリンの壁やソ連の崩壊に重なっていた。

(村上龍「寓話としての短編」1997.06)

今や政治も手法が前面に出てきたり、没入の仕方が分からない物語の政治が出てきたりしているような気がします。

ただ、、、ただ、だからと言って、活用できる手法が目の前にあるのに、それの見方が分からない(分かろうとしない)政治も、この混迷を極める現代においては問題ではないかとも思います。

実際政治に必要なのは,このような巨視的状態である.だれがどうということはまずまず問題ではない.この巨視的な社会状態がどう変化するかということが,関心事なのである.
 これは統計力学においてわれわれの当面する問題と本質的に同じ意味をもっている.多数の粒子から成る一つの物体をみているとき,その分子一つ一つの運動はわれわれの眼にははいらない.(中略)統計力学はわれわれに必要な巨視的な知識を,微視的な立場から簡明に与えてくれるのである.
 その基礎には,常に何か確率的なものが横たわっている.社会現象の場合にも,上にいったようなある巨視的な見方をするときには,だれだれがどうしたという微視的な立場を離れて,全体をある統計的な立場からみるということが基礎になっているわけである.

(久保亮五『統計力学』1952)

久保先生の隻眼には感服いたします。

70年以上前に書かれていたとはいえ、知らなかった文章ですが、私なりに研究していた時代、いや10代のあの時に知っていたら良くも悪くも勇気づけられていたと思う文章です。

留学時代「日本より五十年進んでいる」と世界一のドイツ数学に圧倒された博士に、独創への自信はまだなかったのではないか。ところが四十歳を目前に勃発した第一次大戦により、ドイツの本や論文が入らなくなった。「学ぶ」から「創る」へと切り換えざるを得なくなった博士は、五年間の激しい集中により大戦後間も無く、ドイツ数学を呑み込んでしまうような類体論を完成した。二十世紀数学の巨匠ヒルベルトが予想した理論を遥かに超えるものだった。生まれたものが余りに画期的だったので、本当に正しいのかどうか自信がなく、高木は「どこか間違えているはず」と証明完成のあと、一ヶ月も間違いを探し続けたという。ヨーロッパ最大の悲劇であった第一次大戦は、高木貞治の、そして日本数学の幸運であった。

(藤原正彦「天才には幸運がつきもの」2004.07.19)

情報過多の時代が続いている現在だからこそ考えさせられるとともに、ここまで人工知能が学習能力をもった時代だからこそ、とんでもない研究が生まれるような気もします。

人生は短いので、早くAGIが登場し、物的世界を構築できる統一理論を見せて欲しいとも。
そして、その後の世界だからこそ見えない人間の人間らしさがあるといった幻想も抱いています。そこに物語が再生するんじゃないかと。
まぁ、SFで何度も描かれた世界ではあるのだろうけど。